5打席連続敬遠 松井秀喜

5打席連続敬遠 松井秀喜
めげそうになっているとき、司馬遼太郎さんが「高知の人間は目先のことにとらわれず、大局を見据える度量がある」と雑誌に書いてくれたんよ 馬淵史郎
 
 1992年夏の高校野球。馬淵史郎監督率いる明徳義塾(高知)は、松井秀喜(元巨人)のいる星稜(石川)と対戦した。
松井といえば当時から怪物といわれ、馬淵曰く「高校生のなかに一人、社会人がまじっているよう」な存在。そういう打線を相手に、勝つためにはこれしかないと、5打席とも松井を敬遠し、チームは結果、32で競り勝った。だが世間は、馬淵監督を批判する。
「潔くないじゃないか、勝負しろ」というわけで、これは社会問題にまで発展した。
 
 馬淵監督はしかし、批判の嵐にじっと耐えた。野球というゲームの大原則は、勝つために最善を尽くすことにある。私は勝つために知恵を絞り、最善の努力をしただけで、決して間違ってはいない……という信念だ。
だが世間は、中傷をやめない。学校には「馬淵辞めろ」という手紙がどっさり届き、なかにはカッターの刃が入ったものもあった。

そんなとき、作家・司馬遼太郎が、冒頭のような大意の一文を雑誌に寄稿した。ここでいう「目先のこと」が敬遠を、「大局」が勝利を意味することはいうまでもない。

 馬淵はいう。「わしゃ愛媛の出で、厳密には高知の出身じゃないけど、見る人は見ていてくれている、と思ってうれしかったね」。ちなみに馬淵は、司馬遼太郎を愛読する。明徳義塾が念願の日本一に輝くのは、騒動からちょうど10年後、2002年の夏のことである。