智辯和歌山・中谷仁監督 インタビュー

智辯和歌山・中谷仁監督 インタビュー
 
プロを引退してすぐ、裏方として第3回WBCの侍ジャパン、そして巨人でブルペンキャッチャーを1年間させていただきました。そのあと大阪に戻って、街の野球塾の講師や阪神ジュニアのコーチをしていました。
その頃に智辯学園の理事長や高嶋監督から「ちょっと帰ってこい!」と臨時コーチの要請を受けたのです。やがて、今度は正式に職員として再びお声がかかりまして、現在の立場となりました。
平日は10時にスーツを着て学校に行って、練習までは職員室で事務をしています。野球部の生徒は午後2時頃から練習が始まり、全体練習は6時半ぐらいで終わり、そのあとに自主練習を夜の9時頃まで行ないます。土日には対外試合が組まれていますね。
  規定で対外試合ができない期間の週末は、新入生の候補を求めて中学生を視察に出かけます。今まではずっと高嶋先生がされていたんですけど、現在は僕が各地域のボーイズリーグなどの情報を収集し、ご挨拶や勧誘に足を運んでいます。
うちは特待生制度も寮もないので、勧誘しても簡単には来てくれないんですよ(苦笑)。来てもらいたい選手ほど、特待生制度のある学校に決まってしまう傾向が強いです。それに県外からだと、一人暮らしさせることになるので、親御さんはお金もかかります。現状は和歌山県内の選手が大半で、県外出身者は1学年に23人ほど。正直なところ「智辯和歌山で野球をやりたい!」というのがセレクトの第一条件ですね。
 
でも才能があっても、体格が大きくても、高校生は子供です。野球の技術を教えるだけではダメで、やはり社会でたくましく生きていくためには、自分で考えて自分で行動すること、努力することを教えないといけないと思っています。
 結果がすべてのプロとは違って、この子たちが社会に出た時に困らないようにしてあげないといけない。生活態度、練習への取り組み方、考え方、準備の仕方については口を酸っぱく言っています。結果よりもどうやって取り組んでいるのか、どういう考え方を持ってやっているのか、何を目標にしているのか、それに対して準備できているのかということを僕は大事にします。
プロでも多くの名将のもとで野球をしてきました。野村克也さん、星野仙一さん、原辰徳さんから教わったこと。
準備を絶対に怠ってはいけないという考え方は、野村監督の教えでした。野村監督と言えばID野球というイメージですが、僕の解釈では「野村野球=準備野球」です。「試合する前の準備の段階でほぼ勝敗は決するよ」と言われたのが今でも印象に残っています。
  闘将といわれる星野監督には、あの熱い気持ちや、向かっていく姿勢、ハートを前面に押し出して勝利をつかむことを学びました。
  原監督からは相手をリスペクトすること、人として一流になっていくための部分を大切にするのが一流の野球選手だと教わりました。これらの経験は僕にとって貴重な財産で、生徒たちにも、たまにですが話をします。
プロは毎日が数字との戦いです。成績はすべてオープンですから絶対に逃げ隠れできません。引退するまでずっと数字と向き合って、日々追われる苦しさと不安を感じるのがプロ野球の現役生活でした。