「格差の見えにくい国・日本」

「格差の見えにくい国・日本」
日本にいれば、経済格差は見えにくい。日本の中学校や高校には制服があり、服装はみんな同じだ。カバンも学校指定の同じカバンを持つ。食事は弁当が中心で、中味に小さな差はあっても豪華版の弁当を持ってくる生徒はほとんどない。授業は一斉授業で、一人の先生がクラス全員に同じ内容を教える。
1871年、学制が施行され「6歳以上すべての男女に小学校教育を」受けさせることを命じたが、以後、日本は、貧富の差にかかわりなく教育を受ける機会を均等に与えられている。
 これがアメリカだと、経済格差と人種に密接な関係があり、例外はもちろんあるが肌の色と職業、収入が目で見て分かる場合も多い。
アメリカでは、タクシードライバー、ゴミ収集車の作業員、格安ファーストフードの店員、ホテルのハウスキーパーなどは、オフィス街でスーツを着て働く人や、ホテルの受付にいる人とは、明らかに肌の色が違う。だから「人種による経済格差がある」とすぐ気がつく。
 
 日本では、職業によって経済格差が明確に存在することはない。公務員だと、ゴミ収集車に乗った清掃員も、役所のデスクで働く人も市バスの運転手も学校の教員も、所得に大差はない。服装をみても、ゴミ清掃員や学校の教員は、スーツなど着ない場合が圧倒的だ。
いっぽう、スーツを着てアタッシュケースを持っている人が、過酷なノルマに追われるセールスマンで、年収200万円前後で、しかも「歩合給」の場合もある。日本には、一見、颯爽として高級な服装をしながら低所得という人達がたくさんいる。
 
 また、アメリカでは、経済レベルによって利用する店自体が違う。日本では、低所得者層の人と年収1000万円以上の人が同じコンビニに行き、同じスーパーで夕食の買い物をすることが多い。アメリカでは、利用する店、生活エリア自体が、収入層によって分離してしまっている場合が多い。
さらに、日本では、家族関係も格差を見えにくくする要因だ。アメリカでは、親は、成人した子供を養わないので、若年層が失業するとホームレスになってしまう。
しかし、日本では、親がニートの子どもをいくつになっても同居させる場合も多いので、若者の貧困層が表に出にくい。彼らは親の家に住んでいるので、少なくとも食料にありつけるし、寝るところもあり「見えない貧困層」として社会から隠れてしまう。
「余裕のある親が貧困の子供を抱え込んでいる」ことも日本の格差を見えにくくしている理由のひとつだ。
さまざまな要因から、日本はきわめて格差が見えにくい国だ。
しかし、この事実に安閑としていることはできない。学校を出たにもかかわらず、働こうとしない若者が多数いる問題や働く意欲がある若者が就職する職場がない問題、正社員と非正規雇用の格差の問題など今すぐにでも手を打っておかないといけない課題が山積みである。