世界津波の日 1

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21151212日国際連合総会で115日が「世界津波の日」に制定された。
 
115日とは1854115日に安政南海地震が発生し、この時の津波から紀伊の国広村の濱口梧陵 (儀兵衛)が稲むらに火を放って人々を救ったことが根拠となっている。
 
「稲むらの火」のあらすじは、おおむね次のようなものである。
 
五兵衛という人物が激しい地震の後の潮の動きを見て津波を確信し、高台にあった自宅から松明(たいまつ)を片手に飛び出し、自分の田にある刈り取ったばかりの稲の束(稲むら)に次々に火をつけはじめた。
稲むらの火は天を焦がし、山寺ではこの火を見て早鐘をついて、海の近くにいた村人たちが、火を消そうとして高台に集まって来た。
そこに津波がやってきて、村の家々を瞬く間に飲み込み、村人たちは五兵衛のつけた「稲むらの火」によって助けられたことを知った、という物語である。
 

「稲むらの火」は、イギリス人・ラフカディオ・ハーンが書いた「A Living God」を読んで感激した和歌山の小学校教員・中井常蔵氏が児童向けに翻訳・再構成したものだが、わが国では昭和12年から昭和22年まで国定教科書に掲載されていた。

 
主人公は「五兵衛」とされているが、モデルとなった人物は濱口梧陵 (儀兵衛)で、場所は和歌山県有田郡広川町、安政元年(1854)115日の安政南海地震の時の出来事である。
 
この話を実際に起こった出来事と信じていたのだが、2011年の東日本大震災の津波の映像を見て津波の速さや破壊力を目の当たりにして、「稲むらの火」で、地震からわずかの時間でやってくる津波の被害から村民全員が助かったということがどこまで真実なのか、調べてみたくなった。
 
 
ラフカディオ・ハーンは、1890年に来日して、「生ける神」を書いたのは1897年のことだ。1854年(43年前)に起きた安政南海地震について、十分情報を持っていたとは思えない。主人公・濱口儀兵衛を「五兵衛」と書き、年齢は当時34歳であったにもかかわらず「老人」としている。いったい、どこまでが事実でどこまでがフィクションなのだろうか。