「スフィンクスと侍たち」

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1865年、イギリス、フランスと外交交渉をするためにヨーロッパを訪問した
外交奉行・池田筑後守長発(いけだ・ちくごのかみ・ながおき)ら一行が、
途中、エジプトを経由し、その際、ギザのピラミッドを訪れている。
 
このとき、一行はスフィンクスを背景に記念写真をとった。
 
写真には24人の和服姿の日本人が写っている。
 
またスフィンクスに登ろうとした侍もいたようだ。
 
この写真はフェリックス・ベアトが撮影し、
1998年、河田家で発見された。
 
河田家は、遣欧使節目付・河田煕(ひろむ)の家系であり、この写真は
第2次遣欧使節の横浜鎖港談判団(開港地である横浜を再度閉鎖する交渉をするため)で、1864年2月6日、フランス船で横浜を出航。
正使・池田長発(ながおき)、
副使・河津祐邦(すけくに)、
目付・河田煕(ひろむ)をはじめ総勢34名。
 
インド洋を経てスエズに着き、鉄道でカイロ入り(この時に撮映)、アレキサンドリア港に出てイギリス船でマルセイユに到着。
4月21日パリに着き2ヶ月間滞在し、ナポレオン3世と謁見。
下関海峡通航許可・輸入関税引下げ、横浜鎖港交渉断念を内容とするパリ協定に調印。
 
この使節は鎖国攘夷の交渉達成が不可能なことを知るとともに、開国・西洋文化の吸収・軍事力の強化の必要性を痛感した。
 
交渉打ち切りとイギリス・アメリカなどの訪問予定を急遽キャンセルして無断帰国し、
幕府に鎖港の不可能を報告。
しかし交渉打ち切りと無断帰国などを咎められて正使や副使は処罰された。
 
この写真が100数十年秘匿されたのは、この処罰によると考えられる。