「宝永地震」

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宝永地震
 
和歌山県串本町に無量寺がある。
 
門前にフェニックスの巨木やハイビスカスの赤い花があり、いかにも南国の寺らしい。
 
境内には串本応挙蘆雪館があり、円山応挙や長沢蘆雪、伊藤若沖の絵画が
展示されている。
 
円山応挙筆『波上群仙図』、挙筆『波上群仙図』、蘆雪筆『龍虎(りゅうこ)図』など方丈障壁画55面は国重要文化財筆『龍虎(りゅうこ)図』をはじめとした
方丈障壁画55面は国重要文化財だ。
 
無量寺に円山応挙や長沢蘆雪の傑作が収蔵されているのは、
1707年の宝永大地震による大津波で無量寺が流失したことにはじまる。
79年後の1786年、文保愚海(ぶんぽぐかい)が無量寺の再建を試みる。
 
愚海と親交のあった円山応挙は、無量寺再建を祝って本堂に飾る絵画を
高弟・長沢蘆雪に託した。
長沢蘆雪は串本に長期滞在し、無量寺ほか数か寺で作品を描いて残した。
 
 
長沢蘆雪は自由奔放に生きた人で、快活である一方、傲慢な面があったと伝えられる。
 
作品にもその性格が反映され、自由奔放、神出鬼没で、同時代の曽我蕭白、
伊藤若冲とともに「奇想の画家」と言われている。
 
黒白、大小の極端な対比や、写実を無視した構図など、
師である応挙の作風から逸脱しており、この傾向は南紀滞在のときに描かれた障壁画に
はっきり表れている。
 
 
1786年から87年にかけて南紀に滞在している間に、
串本の無量寺、
古座の成就寺、
富田の草堂寺
に計180の障壁画を描いている。
 
<長沢蘆雪の代表作>
「虎図」(重要文化財)無量寺 串本応挙芦雪館(和歌山県串本町) 襖貼付6 紙本墨画
「竜図」(重要文化財)無量寺 串本応挙芦雪館(和歌山県串本町) 襖貼付6 紙本墨画
「群雀図襖」(重要文化財)成就寺(和歌山県串本町古座) 天袋貼付4 絹本著色
群猿図屏風(重要文化財)草堂寺(和歌山県白浜町) 六曲一双 紙本墨画
「寒山拾得図」(重要文化財)高山寺(和歌山県田辺市) 1 紙本墨画
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