「木曜島の和歌山県民の活躍と松方財政」

「木曜島の和歌山県民の活躍と松方財政」
 
 
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1873年  地租改正
1877年  西南戦争
1882年  松方財政
 
松方正義のデフレ政策は農民にとって
米や農作物、繭をはじめとした商品作物がことごとく値下がりし
収入が激減する中で、増税されるという過酷な状況に追いつめられた。
 
生活に行き詰った農民は
やむを得ず土地を手放し
働く手段を求めて都市に出稼ぎに出た。
 
おりからの自由民権運動が過激になって
騒乱事件が各地で発生した。
 
 
このような状況で、南紀の人々は
もともとリアス海岸で、農作物を十分育てることが困難であるため
生きる方途として木曜島の白蝶貝採集に挑戦する人々が現れた。
 
初期の成功によって、故郷の人々を呼び寄せ
木曜島において和歌山県のダイバーが脚光を浴びるようになった。
 
暴動を起こして政府に反抗するのではなく
外地に目を向けて、命がけで金を稼いだ
和歌山県の人々に敬意を持つ。